夢にみる空家の庭の秘密

その空家の庭に生えこむものは松の木の類

びわの木 桃の木 まきの木 さざんか さくらの類

さかんな樹木 あたりにひろがる樹木の枝

またそのむらがる枝の葉かげに ぞくぞくと繁茂するところの植物

およそ しだ わらび ぜんまい もうせんごけの類

地べたいちめんに重なりあつて這ひまはる

それら青いものの生命

それら青いもののさかんな生活

その空家の庭はいつも植物の日影になつて薄暗い

ただかすかにながれるものは一筋の小川のみづ

夜も昼もさよさよと悲しくひくくながれる水の音

またじめじめとした垣根のあたり

なめくぢ へび かへる とかげ類のぬたぬたとした気味わるいすがたをみる。

さうしてこの幽邃な世界のうへに

夜は青じろい月の光がてらしてゐる

月の光は前栽の植込からしつとりとながれこむ。

あはれにしめやかな この深夜のふけてゆく思ひに心をかたむけ

わたしの心は垣根にもたれて横笛を吹きすさぶ

ああ このいろいろのもののかくされた神秘の生活

かぎりなく美しい影と 不思議なすがたの重なりあふところの世界

月光の中にうかびいづる羊歯 わらび 松の木の枝

なめくぢ へび とかげ類の無気味な生活

ああ わたしの夢によくみる このひと住まぬ空家の庭の秘密と

いつもその謎のとけやらぬおもむき深き幽邃のなつかしさよ。

 


 
  
  

- 萩原朔太郎『青猫』(1923)新潮社